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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)609号 判決 1978年7月20日

控訴人 猪澤昭夫

右訴訟代理人弁護士 辻武夫

被控訴人 岩谷正也

右訴訟代理人弁護士 竹嶋健治

同 岩崎豊慶

同 竹内信一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、「原判決を取消す。姫路簡易裁判所昭和四九年(ロ)第八九七号仮執行宣言付支払命令を認可する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張および証拠関係は、控訴人が、証拠として、甲第二号証を提出し、当審証人野村春夫の証言および当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴人が、証拠につき、「甲第二号証の成立は不知。」と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、控訴人が被控訴人の裏書にかかる本件手形を所持していることは当事者間に争いがなく、また控訴人がその取立委任裏書をした太陽神戸銀行をして右手形を満期に支払場所に呈示したことについて被控訴人は明らかに争わないので、これを自白したとみなすべきであり、なお成立に争いのない甲第一号証によると、右手形の金額の記載はそこに打たれたコンマの位置が三桁目と四桁目の間および七桁目と八桁目の間にあって、後者の位置は通常と異なってはいるが、その記載全体からすれば金一五〇〇万円の表示であるとみられるので、その特定に欠けるところはないというべきである。

二、そこで抗弁につき判断するに、

(一)前記甲第一号証、原審証人重久正憲、当審証人野村春夫の各証言および原審における被控訴人本人尋問の結果によると、本件手形は、被控訴人から野村春夫(以下野村という)を経て控訴人へと順次裏書譲渡されたものであるところ、被控訴人は、株式会社近畿工機に対する雑貨品売掛代金一五〇万円の支払のため右手形の振出を受けたことおよびその金額に打たれたコンマの位置が前記のとおり通常と異なっていたことなどから、それが金額一五〇万円の手形であると誤信して右の裏書譲渡をなし、また当時野村もそのように誤信してこれを受取ったものであることがそれぞれ認められ、これらの認定を左右する証拠はない。したがって被控訴人の右裏書における意思表示には、その重要な部分に錯誤があったというべきである。

(二)なお被控訴人の野村に対する本件手形の裏書譲渡が、単に野村において銀行に見せるという目的のみに限定してなされたことについては、原審における被控訴本人尋問の結果のうちこれに副う旨の供述部分は、当審証人野村春夫の証言に照らすと、いまだ右主張事実を認めるに十分なものとはいい難く、他にこれを認めるに足る証拠はなく、また野村の控訴人に対する右手形の裏書譲渡が取立委任の目的でなされたことについても、これを認めるに足る証拠はない。

(三)ところで原審証人重久正憲、当審証人野村春夫の各証言によると、野村は、本件手形を控訴人に裏書譲渡した際には、その金額が金一五〇万円ではなく、金一五〇〇万円と表示されていることに気付き、したがって被控訴人の右手形の裏書に前記錯誤があったことを知っていたことが明らかであるところ、この点に関して控訴人は、原審および当審において、被控訴人の右裏書が金一五〇〇万円の手形と知ってなされたことに何らの疑いをさしはさまなかったので、その錯誤につき善意であったという旨を供述する。しかしながら控訴人は、自己に対する野村による右手形の裏書譲渡の原因関係につき、原審では、野村に対する金約一七〇〇万円の貸金債権の担保のためであり、あるいは同人に代金として割引料を天引した金一三〇〇万円を支払って割引をしたという旨の、しかるに当審では、同人に代金の一部として金七〇〇万円を支払って割引をしたという旨の矛盾した供述をなし、他方当審証人野村春夫は、この点につき、趣旨を明らかにしないまま右裏書譲渡をしたもので、その後控訴人から金七〇〇万円を受取ったがそれが右手形の割引代金であるか否かははっきりしないという旨の曖昧な供述をなし、これらの供述からして両者の間において、右手形の金額が金一五〇〇万円であることを前提にその裏書譲渡がなされたか否か極めて疑わしく、しかも前記甲第一号証、前記各証言、原審および当番における控訴人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、控訴人は、かねてより野村に対しその営む皮革加工業の事業資金等として、手形割引や貸付による融資をなすことによって、同人とは旧知の間柄にあったこと、また同人の右皮革加工業は、当時その資金繰りが困難な状況にあり、控訴人も右融資金の返済状況等からある程度そのことに気付いていたとみられること、しかるに本件手形の金額は、それまでの右融資金の額と比べてみてもかなりの高額であり、しかもその金額の記載は、前記のとおりコンマの位置が通常と異なっているため、一見すると金一五〇万円と見誤りやすく、控訴人も右手形の裏書譲渡を受けた際そのことに気付いていたことをそれぞれ認めることができ、これらの諸事情とその認定に供した右の各証拠とを総合すると、控訴人は、当時被控訴人による本件手形の裏書が前記錯誤にもとづいてなされたことを知りつつその裏書譲渡を受けたものと推認することができ、原審および当審における控訴人本人尋問の結果のうちこの推認に反する前記供述部分は、右諸事情の認定に供した各証拠に照らしてにわかに措信し難く、他に右推認を覆えすに足る証拠はない。

三、以上によれば、被控訴人の本件手形の裏書には、その手形行為それ自体に要素の錯誤があったものであり、しかも控訴人は、その錯誤を知り、被控訴人を害することを知りつつ本件手形を取得したものというべきであって、少なくともこのような場合には、被控訴人はその裏書の錯誤をもって控訴人に対抗し得ると解されるから、控訴人の右手形金の償還を求める本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるので、民事訴訟法三八四条により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義康 裁判官 岡部重信 藤井一男)

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